平成30年度 秋期に実施されたITストラテジスト試験
午後Ⅰの全4問(記述式)です。事例本文・設問・解答例と解説をそのまま読めます。
この試験について:ITストラテジスト試験について
この年度を解いてみる
問1 証券会社のコールセンタにおける AI の機能を活用した新サービスの検討
証券会社のコールセンタにおける AI の機能を活用した新サービスの検討に関する次の記述を読んで,設問1〜3に答えよ。
A 社は,中堅の証券会社である。主に,電話やオンラインによる個人顧客向けのトレーディングサービスに強みをもっている。A 社は,半年前にオンラインによるトレーディングサービスのシステムを刷新した。ユーザビリティが大幅に向上し,顧客は,より簡便にオンラインによるトレーディングサービスを利用できるようになった。その結果,A 社の証券口座をもつ既存顧客のサービス利用頻度が増え,A 社で証券口座を開設する新規顧客も増加傾向にある。
A 社は,自社でコールセンタを運営しており,顧客から電話による注文と問合せ,及び電子メール(以下,メールという)による問合せを受け付けている。
電話による注文と問合せは,平日・土曜日の 8 時から 19 時までを受付時間としている。オペレータは,この時間帯の中でシフト体制を組んで対応している。
メールによる問合せは,19 時までに受け付けたメールに対して,翌営業日の 21 時までに初回の回答を返信することにしている。顧客からのメールを受信すると直ちに受付完了メールを自動返信する。その後,電話による問合せに対応するオペレータが,手すきのときに,メールに回答する。
これらとは別に,A 社は,顧客が A 社の Web サイトを参照して,FAQ やヘルプの検索などによって自らの問題解決を促すセルフサービス機能も提供している。
最近,電話による問合せ件数が増加傾向にあるので,コールセンタのオペレーション業務を見直すことにした。
〔電話による問合せ対応の現状〕
電話による問合せへの対応では,オペレータの経験の程度によって対応品質に差が生じていた。経験の浅いオペレータに対しては,コールセンタの指導員が指導を行い,対応品質の向上を図っていたが,指導員が指導に携わることができる時間に限りがあり,思うように進まなかった。さらに,電話による注文の件数が多い場合,A 社は,オペレータを問合せへの対応から業績へのインパクトが大きい注文への対応へシフトさせるので,問合せへの対応が手薄になるという問題を抱えていた。
このため,A 社では,音声認識技術と AI の機能を組み込んだオペレータサポートシステムを導入して活用してきた。本システムでは,通話の音声は,音声認識技術によってリアルタイムにテキストデータへ変換される。AI の機能が,そのテキストデータを解析し,FAQ やオペレータ用のリファレンスマニュアルと関連付けて,回答候補をオペレータの端末の画面上に表示する。オペレータは,回答候補を参照しながら顧客に回答する。オペレータが選択した回答はオペレータサポートシステムに記録され,AI が学習して,表示する回答候補の精度が向上していく。ただし,適切な回答候補がないとオペレータが判断した場合,オペレータは FAQ やオペレータ用のリファレンスマニュアルから探して回答する。
電話による問合せがオペレータの応答待ちになった場合は,自動音声応答の案内によって,顧客を FAQ やヘルプの検索及びメールでの問合せに誘導しているが,顧客が案内の途中で電話を切ってしまうことが多く,A 社は,顧客満足度の低下を懸念している。
〔メールによる問合せ対応の現状〕
受信した問合せのメールは,オペレータサポートシステムによって,その内容を確認され,担当のオペレータへ割り振られる。オペレータは,AI の機能を利用して,回答候補を参照しながら顧客に返信する。オペレータが選択した回答は,電話による問合せへの対応と同様にオペレータサポートシステムに記録され,AI が学習する。
電話による問合せが多い日は,受付時間内にメールによる問合せへの回答に対応する時間が取れないこともある。その場合,19 時まで勤務予定だったオペレータのうち必要な人員が,時間外勤務をして,初回回答の期限である 21 時までにメールへの返信を行っている。時間外勤務によって,業務コストも増加している。
〔新サービスの検討〕
A 社は,業務コストを抑えながら顧客からの問合せ件数の更なる増加に対応するために,コールセンタのサービスの高度化が次の重要なテーマだと考え,AI の活用範囲を広げた新サービスを検討している。
新サービスの検討に当たって,問合せをしてきた顧客に簡単なアンケートを行った。その結果,問合せをした顧客の多くが,電話やメールで問合せをする前に,FAQ やヘルプの検索などのセルフサービス機能での解決を試みていることが分かった。
そこで,A 社は,新たに自動応答 Web チャット(以下,チャットボットという)を利用するサービスを検討している。チャットボットは,セルフサービス機能をもち,電話・メールに続く第三の対応方法である。チャットボットではオペレータサポートシステムに蓄積されたデータを活用する。この新サービスは,Web サイト上から利用でき,AI の機能によってオペレータの介在を必要としないので,24 時間 365 日いつでも提供できる。顧客がチャットボットだけで解決ができない場合は,顧客へのコールバックに切り替えることで解決できる仕組みとする。
〔新サービスの導入効果〕
A 社は,新サービスの導入効果を測定するために,チャットボットの利用状況に関する KPI と,チャットボットだけで解決した問合せの割合に関する KPI を設定する。これらの KPI の目標値を継続的に達成し,新サービスの導入効果が確認できた場合は,オペレータによる問合せへの対応を平日だけにする計画である。また,A 社は,新サービスの導入によって,オペレータの労働条件を改善でき,業務コストを抑制できると考えている。
出題趣旨(IPA)
ITストラテジストには,組織の事業特性を踏まえて,対象となる事業・業務環境の分析を行い,個別のシステム化計画を策定する能力が求められる。本問では,コールセンタのサービスの高度化を事業テーマとする証券会社を題材として,新しい情報技術を活用するシステム計画を策定する能力を評価する。具体的には,AIを活用して,現状分析,新サービスの検討,新サービスの導入効果について問う。
採点講評(問全体・IPA)
問1では,証券会社のコールセンタにおけるAIの機能を活用した新サービスの検討について出題した。題意や状況設定はおおむね理解されているようであった。
ITストラテジストは,新サービスの導入効果の評価まで見据えた上で,現状を正確に把握し,新技術の的確な活用を判断する能力を高めてほしい。
設問と解答例
設問1(1)
25字以内
AI の機能によって,オペレータの問合せへの対応品質が向上していく理由について,具体的に,25 字以内で述べよ。
解答例
解説
本文の根拠
〔電話による問合せ対応の現状〕
電話による問合せへの対応では,オペレータの経験の程度によって対応品質に差が生じていた。
〔電話による問合せ対応の現状〕
AI の機能が,そのテキストデータを解析し,FAQ やオペレータ用のリファレンスマニュアルと関連付けて,回答候補をオペレータの端末の画面上に表示する。オペレータは,回答候補を参照しながら顧客に回答する。
〔電話による問合せ対応の現状〕
オペレータが選択した回答はオペレータサポートシステムに記録され,AI が学習して,表示する回答候補の精度が向上していく。
オペレータサポートシステムでは,AI が通話のテキストデータを解析して回答候補を画面に表示し,オペレータはそれを参照しながら回答する。オペレータが選択した回答は記録され,AI が学習して「表示する回答候補の精度が向上していく」。候補の精度が上がれば,経験の浅いオペレータでも適切な回答を選べるようになり,経験の程度による対応品質の差が縮まる。これが対応品質が「向上していく」理由である。
設問は「向上していく」と時間の経過を含めて問うている。候補を表示するだけなら品質は一定のままで,学習によって候補の精度が上がり続けることが「いく」の中身になる。講評によると,対応品質がどのように向上するか(結果)を述べた解答が多かった。問われているのは理由なので,品質を支える候補の精度に目を向ける。
25字に対し,解答例は「表示する回答候補の精度が向上するから」で18字。本文の「表示する回答候補の精度が向上していく」をそのまま使い,理由なので「〜から」で結ぶ。
採点講評(IPA)
設問1(1)では,AIの機能によって,オペレータの問合せへの対応品質が向上する理由を問うたが,対応品質がどのように向上するかを述べた解答が多かった。
設問1(2)
35字以内
更なる対応品質の向上のために,オペレータが選択した AI の回答に加えて,活用すべきデータは何か,35 字以内で述べよ。
解答例
回答候補がない場合にオペレータが自ら探した回答のデータ
解説
本文の根拠
〔電話による問合せ対応の現状〕
オペレータが選択した回答はオペレータサポートシステムに記録され,AI が学習して,表示する回答候補の精度が向上していく。
〔電話による問合せ対応の現状〕
ただし,適切な回答候補がないとオペレータが判断した場合,オペレータは FAQ やオペレータ用のリファレンスマニュアルから探して回答する。
今の仕組みで AI が学習するのは「オペレータが選択した回答」,つまり AI が示した候補の中から選ばれた回答だけである。適切な回答候補がないとき,オペレータは FAQ やリファレンスマニュアルから自分で探して回答しているが,この回答は候補の選択ではないので学習の材料になっていない。
候補がなかった問合せこそ AI が答えられなかったもので,そのときにオペレータが探して答えた回答を学習させれば,次からは候補として表示できる。こうして候補の範囲が広がり,更なる対応品質の向上につながる。設問の「オペレータが選択した AI の回答に加えて」は,今すでに学習に使っているデータ以外を答えよという意味である。
35字に対し,解答例は「回答候補がない場合にオペレータが自ら探した回答のデータ」で27字。「どんな場面の」(回答候補がない場合)と「誰が用意した」(オペレータが自ら探した)の二つをそろえると,選択した回答との違いがはっきりする。
設問2(1)
25字以内
A 社は,新サービスによって,顧客のどのようなニーズに応えようと考えているか,25 字以内で述べよ。
解答例
解説
本文の根拠
冒頭
これらとは別に,A 社は,顧客が A 社の Web サイトを参照して,FAQ やヘルプの検索などによって自らの問題解決を促すセルフサービス機能も提供している。
〔新サービスの検討〕
その結果,問合せをした顧客の多くが,電話やメールで問合せをする前に,FAQ やヘルプの検索などのセルフサービス機能での解決を試みていることが分かった。
〔新サービスの検討〕
チャットボットは,セルフサービス機能をもち,電話・メールに続く第三の対応方法である。
アンケートによると,問合せをした顧客の多くは,電話やメールの前に FAQ やヘルプの検索などのセルフサービス機能で解決を試みている。顧客はまず自分で解決したいと考えているが,今のセルフサービス機能では解決できずに問合せに至っている。
A 社が検討するチャットボットは「セルフサービス機能をもち」,AI の機能でオペレータの介在なしに対応する。つまり,新サービスは顧客が自ら問題を解決したいというニーズに応えるものである。講評によると,セルフサービス機能の充実や受付時間外の対応など,ニーズを「どう実現するか」を述べた解答が多かった。問われているのは顧客のニーズそのものである。
25字に対し,解答例は「新サービスによって自ら問題を解決できること」で21字。手段(チャットボット,24時間対応)ではなく,顧客が望む状態(自ら問題を解決できる)を書く。
採点講評(IPA)
設問2(1)では,顧客のどのようなニーズに応えようと考えているかを問うたが,セルフサービス機能の充実や受付時間外の対応など,顧客ニーズをどう実現するかについて述べた解答が多かった。顧客が問合せ前にFAQなどで解決を試みている点に着目し,自ら問題を解決することが顧客のニーズであることを理解してほしかった。
設問2(2)
35字以内
新サービスにおいて,チャットボットだけで解決できる顧客を増やすためには,どのような情報を AI に学習させるべきか,35 字以内で述べよ。
解答例
顧客へのコールバックに切り替えることで解決できた質問及び回答
解説
本文の根拠
〔新サービスの検討〕
チャットボットではオペレータサポートシステムに蓄積されたデータを活用する。
〔新サービスの検討〕
顧客がチャットボットだけで解決ができない場合は,顧客へのコールバックに切り替えることで解決できる仕組みとする。
チャットボットだけで解決できなかった問合せは,顧客へのコールバックに切り替えて解決する。このとき,チャットボットでは答えられなかった質問と,コールバックでオペレータが答えて解決した回答の組が生まれる。
この質問と回答を AI に学習させれば,同じ質問が次に来たときはチャットボットだけで答えられる。チャットボットが答えられなかったものを埋めていくので,チャットボットだけで解決できる顧客が増える。設問1(2) で,候補がなかったときのオペレータの回答を学習させるのと同じ考え方である。
35字に対し,解答例は「顧客へのコールバックに切り替えることで解決できた質問及び回答」で30字。本文の「顧客へのコールバックに切り替えることで解決できる」をそのまま使い,学習させる情報として「質問及び回答」の両方を書く。
設問3(1)
30字以内
新サービスの導入効果を測定するために設定するチャットボットの利用状況に関する KPI は何か,30 字以内で述べよ。
解答例
全体の問合せに対するチャットボットへの問合せの割合
解説
本文の根拠
〔新サービスの検討〕
A 社は,業務コストを抑えながら顧客からの問合せ件数の更なる増加に対応するために,コールセンタのサービスの高度化が次の重要なテーマだと考え,AI の活用範囲を広げた新サービスを検討している。
〔新サービスの導入効果〕
A 社は,新サービスの導入効果を測定するために,チャットボットの利用状況に関する KPI と,チャットボットだけで解決した問合せの割合に関する KPI を設定する。
〔新サービスの導入効果〕
これらの KPI の目標値を継続的に達成し,新サービスの導入効果が確認できた場合は,オペレータによる問合せへの対応を平日だけにする計画である。
KPI の目標値を継続的に達成し導入効果が確認できたら,オペレータによる問合せ対応を平日だけにする計画である。対応日を減らしても顧客満足度を下げないためには,これまで電話やメールに来ていた問合せがチャットボットに移っていることを確かめる必要がある。
そこで利用状況の KPI は,全体の問合せのうちチャットボットへの問合せがどれだけの割合を占めるかになる。もう一つの KPI(チャットボットだけで解決した問合せの割合)は解決の度合いを見るもので,こちらは問合せがチャットボットに流れているかを見る。講評は,電話やメールの問合せがチャットボットによって抑制されているかどうかを確認できる KPI が必要なことを理解してほしかったとしている。
30字に対し,解答例は「全体の問合せに対するチャットボットへの問合せの割合」で25字。利用件数だけでは問合せ全体が増えたときに判断できないので,「全体の問合せに対する」割合として書く。
採点講評(IPA)
設問3(1)では,新サービスの導入効果を測定するためのチャットボットの利用状況に関するKPIを問うた。顧客満足度を低下させずにオペレータの対応を平日だけにするためには,電話やメールの問合せがチャットボットによって抑制されているかどうかを確認できるKPIが必要であることを理解してほしかった。
設問3(2)
解答欄2つ
新サービスによって,業務コストが抑制できる要因として,オペレータによる問合せへの対応を平日だけにすること以外に,どのようなことが考えられるか。その作業内容とその効果について,それぞれ 20 字以内で述べよ。
解説
本文の根拠
〔メールによる問合せ対応の現状〕
電話による問合せが多い日は,受付時間内にメールによる問合せへの回答に対応する時間が取れないこともある。その場合,19 時まで勤務予定だったオペレータのうち必要な人員が,時間外勤務をして,初回回答の期限である 21 時までにメールへの返信を行っている。時間外勤務によって,業務コストも増加している。
〔新サービスの検討〕
この新サービスは,Web サイト上から利用でき,AI の機能によってオペレータの介在を必要としないので,24 時間 365 日いつでも提供できる。
〔新サービスの導入効果〕
また,A 社は,新サービスの導入によって,オペレータの労働条件を改善でき,業務コストを抑制できると考えている。
現状では,電話の問合せが多い日にメールへの回答の時間が取れず,オペレータが時間外勤務をして 21 時までに返信している。本文は「時間外勤務によって,業務コストも増加している」と書いている。
チャットボットはオペレータの介在なしに 24 時間 365 日対応するので,これまでメールで来ていた問合せの一部がチャットボットで解決され,メールによる問合せへの回答という作業が減る。その結果,メール返信のための時間外勤務が減り,業務コストが削減される。「オペレータの労働条件を改善でき」とあるのも時間外勤務の減少を指している。
20字ずつに対し,解答例は作業内容が「メールによる問合せへの回答」で13字,効果が「時間外勤務による業務コストの削減」で16字。作業内容は減る作業の名前,効果はコストの削減に結び付けて書き,平日だけの対応とは別の要因であることが分かるようにする。
出典:平成30年度 秋期 ITストラテジスト試験 午後Ⅰ 問1(表記を一部改変)
問2 住宅設備メーカのシステム導入
住宅設備メーカのシステム導入に関する次の記述を読んで,設問1〜3に答えよ。
B 社は,住宅設備のトイレ設備を製造するメーカである。トイレ設備の販売製品には,一般家庭向けの標準品とマンションやホテル向けの受注生産品がある。受注生産品には,複数の種類の製品がある。
受注生産品の主要顧客であるデベロッパは,分譲マンションと賃貸マンションの建築を請け負っている。分譲マンションは土地取得からのプロジェクトなので,納入まで数年にわたる長期の商談が多い。賃貸マンションは土地所有者がオーナであることが多く,その場合には土地取得が不要なので商談の発生から納入まで 1 年以内の短期の商談が多い。新築マンションの供給戸数は,横ばいかやや減少の傾向である。
B 社では,標準品を製造するための生産計画ツールと組立管理システムを活用して受注生産品の製造を行ってきたが,機能が不足しているので,受注生産品に対応する新システムを導入することにした。新システムでは,生産計画の情報共有による見える化を図ることによって営業活動を活性化するとともに,正確な製造状況をリアルタイムに把握する。
〔営業部門の現状〕
営業部門は,受注生産品について年度の初めに一度,年間の販売目標と月別に展開した販売計画を立てる。販売計画には,長期の商談は受注確度が低い商談まで含めるが,短期の商談は受注が確実な商談以外は含めない。販売計画に対し,毎月末に翌月から 3 か月間の製品の納期と数量を見直して,翌月以降の販売見込みを作成している。
販売見込みに含めていない短期の商談が発生しても,生産可否の判断ができないので,原則として取り組まない。
〔トイレ設備事業部門の現状〕
製品の年間と月別の生産計画は,年度の初めに,生産管理部門の担当者が専用のツールを使って,販売計画に基づいて作成し,併せて工場の要員計画を作成している。さらに,毎月末に,営業部門が見直した販売見込みに基づいて月別の生産計画の見直しを行い,翌月から 3 か月間の日別の製造計画を作成する。製品は納期を基にして製造するので,年度の初めに立てた月別の販売計画に対して販売見込みの数量の増加が大きい場合には,総作業時間が増加し,製造部門で計画した要員では就業時間内に対応できず,時間外作業時間が増える。想定以上の時間外作業時間の増加はコスト増加につながるので,製造部門では課題と考えている。
トイレ設備の製品の製造は,陶製の便器(以下,便器という)を製作し,便器に水洗用付属機器(以下,付属機器という)を取り付けて行う。便器の製作は,原料調整工程,成形・乾燥工程,焼成工程,検査工程の順に行う。付属機器の取付けは,付属機器用の部品(以下,部品という)の組立工程,ユニット組立工程,検査工程の順に行う。便器の製作において,熟練作業者は作業開始時の温度と湿度の情報によって,成形後の乾燥時間,焼成の窯の温度をそれぞれ調整して不具合品の発生を防止している。
製造管理は,ユニット組立工程だけに組立管理システムを導入して作業実績を管理している。ユニット組立工程以外の工程の作業実績時間の取得と記録はできていない。
現在,1 日に製造する製品の計画数量と実績数量の差は,当日の作業終了時に分かる。そのため,工場内の設備の故障や作業者などの問題で計画数量に対して実績数量の未達が発生しても必要な対応ができず,翌日以降の作業の変更などの影響が出る。
部品の組立工程において,使用する部品の準備は,製造する製品を組み立てるごとに,部品倉庫から部品リストに基づいて出庫して取りそろえているので,作業工数が掛かり,見直しが必要と考えている。部品倉庫からの出庫の順序管理はしていない。そのため,部品倉庫に古い部品が残ることがあり,水回りのゴム製の部品が劣化することもある。
部品は,在庫量が設定した発注点になったときに定量を発注する定量発注方式によって部品メーカに発注している。部品メーカの営業担当からは,自社の製造計画の作成のために“ある情報”が欲しいと要望されている。
〔トイレ設備事業部門のシステム導入の概要〕
今回,生産計画の情報共有のために生産計画システムの導入,及び製造状況を把握するために全工程を管理する製造管理システムの導入が取締役会で決定された。生産計画システムを生産管理部門が,製造管理システムを製造部門が,それぞれ導入を担当する。
営業部門でも,今回のシステム導入を機会に商談対応を見直し,受注拡大のために販売見込みに含めていない短期の商談にも積極的に取り組む方針である。
〔生産計画システムの導入計画〕
今回導入する生産計画システムによって,営業部門,生産管理部門及び製造部門は,販売計画,販売見込み,生産計画及び製造計画の共有が行えるようになる。生産計画システムでは,工場の生産能力の余力の状況を営業部門からも確認できるようにする。営業部門は,販売計画と販売見込みを生産管理部門に提供する。販売見込みは,見直し時に受注が確実になった短期の商談も含める。生産管理部門は,営業部門が作成する年度の初めに立てた販売計画と工場の生産能力を考慮して,年間と月別の生産計画を作成する。また,営業部門が月末に見直す販売見込みによって,月別の生産計画の見直しと日別の製造計画を作成する。日別の製造計画は,製造管理システムにおいても使用する。工場の生産能力は,生産設備の稼働時間と作業者の一定の時間外作業時間を勘案した上限から算出して設定する。
販売計画に対して販売見込みの数量の増加が大きい場合には,工場の生産能力を超えないように,生産する製品の順序を入れ替えて生産計画を作成する方法に変更する。
〔製造管理システムの導入計画〕
今回導入する製造管理システムは,工程管理,実績管理及び在庫管理の機能をもつ。製造管理システムでは,生産計画システムで作成した日別の製造計画を取り込み,工場で製造する製品の予定数量が分かる。工程管理は,その日に製造する製品の製造指示を行い,製品の複数の工程の進捗状況を管理する。製造指示は,1 日分の複数の製品の製造する数量と,製品ごとに使用する部品リストをまとめて指示する。実績管理は,時間ごとに,工程ごとの作業実績時間,製造した製品の実績数量を記録する。工程ごとの作業実績時間を計測し,作業の予定時間との差異を比較することによって工程の問題を検出できる。今回導入する製造管理システムにおいて,現状,取得と記録ができていない,便器の製作の全工程の作業の実績時間と,焼成工程の窯の温度情報の実績が,自動的にシステムに記録される。在庫管理は,製品の在庫と工程で使用する部品の在庫を管理する。部品の在庫は,入出庫日付と数量を管理する。部品の発注は,定量発注方式によって部品メーカへ発注する。
熟練作業者が作業において参考にした情報を現場でその都度入力できるように,タブレット端末を導入する。
製造部門では,今回のシステム導入によって,次の事項の改善を図る計画である。
① 工場内で製造状況に何か問題があった場合の早期の把握 ② 部品倉庫からの出庫に関する在庫管理の改善 ③ 製造管理システムへの機能追加による部品の取りそろえ作業の改善 〔トイレ設備事業部門の取組み〕
トイレ設備事業部門では,今回のシステム導入に当たって,生産管理部門と製造部門が協力して次の事項に取り組む計画である。
① 熟練作業者の退職に備えた不具合品防止のノウハウの収集と分析 ② 部品メーカの要望への対応 ③ 生産計画の作成方法の変更
出題趣旨(IPA)
ITストラテジストには,対象となる業務の調査・分析を行い,適切な個別システム化計画を策定する能力が求められる。本問では,住宅設備メーカのシステム導入を題材として,システムがもつ機能を業務改善に活用する能力,システムに蓄積する情報を業務改善に活用する能力を評価する。具体的には,営業部門において短期の商談に取り組むために確認する情報の識別,製造部門における情報を活用した業務改善,生産管理部門と製造部門が協力して取り組む品質確保のための情報の識別,部品メーカに提供する情報の識別,導入したシステムによって実現できる課題の改善を問う。
採点講評(問全体・IPA)
問2では,住宅設備メーカのシステム導入について出題した。題意や状況設定はおおむね理解されているようであった。
ITストラテジストは,情報を有効活用する能力,業務改善を実現するための情報化計画の策定能力を高めてほしい。
設問と解答例
設問1
15字以内
営業部門が今まで取り組めていない短期の商談について,生産計画システム導入後は商談発生時に何を確認すべきか,15 字以内で述べよ。
解答例
解説
本文の根拠
〔営業部門の現状〕
販売見込みに含めていない短期の商談が発生しても,生産可否の判断ができないので,原則として取り組まない。
〔トイレ設備事業部門のシステム導入の概要〕
営業部門でも,今回のシステム導入を機会に商談対応を見直し,受注拡大のために販売見込みに含めていない短期の商談にも積極的に取り組む方針である。
〔生産計画システムの導入計画〕
生産計画システムでは,工場の生産能力の余力の状況を営業部門からも確認できるようにする。
営業部門が短期の商談に取り組めなかったのは,販売見込みに含めていない商談が発生しても「生産可否の判断ができない」からである。つまり,追加の注文を受けたときに工場で作れるかどうかが営業部門には分からなかった。
導入する生産計画システムでは,「工場の生産能力の余力の状況を営業部門からも確認できるようにする」。商談が発生した時点でこの余力を確認すれば,その納期と数量で生産できるかを営業部門が判断でき,短期の商談にも取り組める。取り組めなかった原因(生産可否の判断ができない)と,システムで新たに見えるようになる情報を結び付ける。
15字に対し,解答例は「生産能力の余力の状況」で10字。本文の語句をそのまま使う。「生産計画」や「製造計画」は計画の中身で,追加の注文を受けられるかは分からないので,「余力」を落とさない。
設問2(1)
30字以内
工場内の問題を早期に把握するために何を行うか。30 字以内で述べよ。
解答例
解説
本文の根拠
〔トイレ設備事業部門の現状〕
現在,1 日に製造する製品の計画数量と実績数量の差は,当日の作業終了時に分かる。そのため,工場内の設備の故障や作業者などの問題で計画数量に対して実績数量の未達が発生しても必要な対応ができず,翌日以降の作業の変更などの影響が出る。
〔製造管理システムの導入計画〕
製造管理システムでは,生産計画システムで作成した日別の製造計画を取り込み,工場で製造する製品の予定数量が分かる。
〔製造管理システムの導入計画〕
実績管理は,時間ごとに,工程ごとの作業実績時間,製造した製品の実績数量を記録する。
現状では,計画数量と実績数量の差が当日の作業終了時にしか分からない。そのため,設備の故障などで実績が計画に届かなくても,その日のうちに手を打てず,翌日以降に影響が出ている。
製造管理システムは日別の製造計画を取り込んで予定数量が分かり,実績管理で製造した製品の実績数量を「時間ごとに」記録する。そこで計画数量と実績数量の差異を時間ごとに把握すれば,未達の兆しをその日のうちにつかめる。講評によると,実績数量で比較することに気付いた解答が少なく,比較の頻度を書いていない解答も多かった。現状との違いは比べる頻度(作業終了時→時間ごと)なので,これを必ず書く。
30字に対し,解答例は「計画数量と実績数量の差異を時間ごとに把握する。」で23字。何と何を比べるか(計画数量と実績数量)と,どの頻度で比べるか(時間ごと)の二つを入れる。
採点講評(IPA)
設問2(1)では,システム導入後は,製造した製品の製造数量が時間ごとに記録されるので,問題の早期の把握をどのように行うかを問うたが,実績数量で比較することに気付いた解答が少なく,比較の頻度を記述していない解答も多かった。導入前は一日の作業終了後でないと分からなかった実績の差異が時間ごとの把握が可能になることに気付いてほしかった。
設問2(2)
30字以内
部品倉庫からの出庫に関する在庫管理の改善に必要な機能は何か。30 字以内で述べよ。
解答例
解説
本文の根拠
〔トイレ設備事業部門の現状〕
部品倉庫からの出庫の順序管理はしていない。そのため,部品倉庫に古い部品が残ることがあり,水回りのゴム製の部品が劣化することもある。
〔製造管理システムの導入計画〕
在庫管理は,製品の在庫と工程で使用する部品の在庫を管理する。部品の在庫は,入出庫日付と数量を管理する。
部品倉庫の問題は,出庫の順序を管理していないために古い部品が残り,ゴム製の部品が劣化することである。したがって改善の中身は,古い部品が残らない順序で出庫することになる。
製造管理システムの在庫管理は,部品の在庫を「入出庫日付と数量」で管理する。入庫日付が分かるので,入庫日付の古い部品から順に出庫させる機能を持たせれば,古い部品が倉庫に残らなくなる。本文にある日付の管理を,出庫の順序に使うという筋道である。
30字に対し,解答例は「部品の入庫日付がより古い部品から出庫させる機能」で23字。順序の基準(入庫日付)を明示し,設問が「必要な機能」と問うているので「〜機能」で結ぶ。
設問2(3)
40字以内
製造部門における取りそろえ作業の改善を行うために製造管理システムに追加する機能は何か。40 字以内で述べよ。
解答例
複数の製品の製造に必要な部品の出庫指示データをまとめて作成する機能
解説
本文の根拠
〔トイレ設備事業部門の現状〕
部品の組立工程において,使用する部品の準備は,製造する製品を組み立てるごとに,部品倉庫から部品リストに基づいて出庫して取りそろえているので,作業工数が掛かり,見直しが必要と考えている。
〔製造管理システムの導入計画〕
製造指示は,1 日分の複数の製品の製造する数量と,製品ごとに使用する部品リストをまとめて指示する。
現状の取りそろえ作業は,製品を組み立てるごとに部品リストに基づいて部品倉庫から出庫しているので,出庫の回数が多く作業工数が掛かっている。
製造管理システムの製造指示は,1日分の複数の製品の製造数量と,製品ごとの部品リストをまとめて指示する。この二つから1日の製造に必要な部品の数量が計算できるので,複数の製品分の出庫指示データをまとめて作成する機能を追加すれば,部品倉庫から一度で出庫でき,組立ての単位ごとの取りそろえがなくなる。講評によると,部品の取りそろえの改善に関する解答は少なかった。製造指示がまとめて出ることと,出庫をまとめることを結び付ける。
40字に対し,解答例は「複数の製品の製造に必要な部品の出庫指示データをまとめて作成する機能」で33字。「まとめて」がこの改善の要点で,対象(複数の製品の製造に必要な部品)と作るもの(出庫指示データ)を添える。
採点講評(IPA)
設問2(3)では,1日分の複数の製品の製造数量と,製品ごとの部品リストをまとめて指示することによって,部品の取りそろえ作業の改善に必要な機能を問うたが,部品の取りそろえの改善に関する解答は少なかった。組立ての単位ごとではなく,製造する数量と部品リストから1日の製造で必要な部品の数量が分かり,部品倉庫から一度で出庫するための出庫指示データができるということに気付いてほしかった。
設問3(1)
15字以内
熟練作業者が不具合品防止のためにタブレット端末で入力すべき情報は何か。15 字以内で述べよ。
解答例
解説
本文の根拠
〔トイレ設備事業部門の現状〕
便器の製作において,熟練作業者は作業開始時の温度と湿度の情報によって,成形後の乾燥時間,焼成の窯の温度をそれぞれ調整して不具合品の発生を防止している。
〔製造管理システムの導入計画〕
今回導入する製造管理システムにおいて,現状,取得と記録ができていない,便器の製作の全工程の作業の実績時間と,焼成工程の窯の温度情報の実績が,自動的にシステムに記録される。
〔製造管理システムの導入計画〕
熟練作業者が作業において参考にした情報を現場でその都度入力できるように,タブレット端末を導入する。
熟練作業者は「作業開始時の温度と湿度の情報によって」乾燥時間と窯の温度を調整し,不具合品の発生を防いでいる。これが〔トイレ設備事業部門の取組み〕①の,退職に備えて収集したい不具合品防止のノウハウである。
製造管理システムには作業の実績時間と窯の温度情報の実績が自動的に記録されるので,調整した結果(乾燥時間,窯の温度)は残る。残らないのは,熟練作業者が調整の判断に「参考にした情報」,つまり作業開始時の温度と湿度である。これをタブレット端末で入力すれば,判断の材料と結果を組にして分析できる。
15字に対し,解答例は「温度と湿度の情報」で8字。自動で記録される窯の温度と混同しないよう,判断の材料になっている温度と湿度を本文どおりに書く。
設問3(2)
15字以内
部品メーカの要望に応えるために提供する“ある情報”の内容は何か。15 字以内で述べよ。
解答例
解説
本文の根拠
〔トイレ設備事業部門の現状〕
部品は,在庫量が設定した発注点になったときに定量を発注する定量発注方式によって部品メーカに発注している。部品メーカの営業担当からは,自社の製造計画の作成のために“ある情報”が欲しいと要望されている。
〔製造管理システムの導入計画〕
製造管理システムでは,生産計画システムで作成した日別の製造計画を取り込み,工場で製造する製品の予定数量が分かる。
〔製造管理システムの導入計画〕
部品の在庫は,入出庫日付と数量を管理する。部品の発注は,定量発注方式によって部品メーカへ発注する。
B 社は,在庫量が発注点になったときに定量を発注する定量発注方式で部品を発注している。部品メーカから見ると,いつ注文が来るかは B 社の在庫の減り方次第で,前もって分からない。部品メーカは自社の製造計画を作るために,将来の注文の見通しを欲しがっている。
導入後は,日別の製造計画から製品の予定数量が分かり,部品の在庫も数量で管理される。製造に使う部品の量と今の在庫から,いつ発注点に達し,どれだけ発注するかを前もって見積もれるので,部品の発注予定数量を部品メーカに提供できる。部品メーカはこれを基に自社の製造計画を立てられる。
15字に対し,解答例は「部品の発注予定数量」で9字。部品メーカが製造計画に使うのは B 社の製品の計画ではなく部品の注文の見通しなので,「部品の」「発注予定」を入れる。
設問3(3)
25字以内
生産計画の作成方法を変更することによって改善できることは何か。25 字以内で述べよ。
解答例
解説
本文の根拠
〔トイレ設備事業部門の現状〕
製品は納期を基にして製造するので,年度の初めに立てた月別の販売計画に対して販売見込みの数量の増加が大きい場合には,総作業時間が増加し,製造部門で計画した要員では就業時間内に対応できず,時間外作業時間が増える。想定以上の時間外作業時間の増加はコスト増加につながるので,製造部門では課題と考えている。
〔生産計画システムの導入計画〕
工場の生産能力は,生産設備の稼働時間と作業者の一定の時間外作業時間を勘案した上限から算出して設定する。
〔生産計画システムの導入計画〕
販売計画に対して販売見込みの数量の増加が大きい場合には,工場の生産能力を超えないように,生産する製品の順序を入れ替えて生産計画を作成する方法に変更する。
現状では,製品を納期どおりに製造するので,販売見込みの数量が販売計画より大きく増えると,計画した要員では足りずに時間外作業時間が増える。製造部門は「想定以上の時間外作業時間の増加」がコスト増加につながることを課題と考えている。
変更後は,数量の増加が大きいときに生産する製品の順序を入れ替え,工場の生産能力を超えないように生産計画を作る。生産能力は「作業者の一定の時間外作業時間を勘案した上限」から設定されるので,生産能力の範囲に収めれば,時間外作業は想定した一定の範囲にとどまる。つまり想定以上の時間外作業時間を抑えられる。
25字に対し,解答例は「想定以上の時間外作業時間を抑えられる。」で19字。時間外作業をなくすのではなく,一定の時間外作業は生産能力に織り込み済みなので,「想定以上の」を付けて本文の課題と対応させる。
出典:平成30年度 秋期 ITストラテジスト試験 午後Ⅰ 問2(表記を一部改変)
問3 コンテンツ制作会社の事業展開
コンテンツ制作会社の事業展開に関する次の記述を読んで,設問1〜3に答えよ。
C 社は,広告などのコンテンツ制作を事業とする中堅企業である。制作部のほか,営業部,総務人事部,及び財務経理部がある。
C 社は,多くの広告代理店から,図,写真及び文章から成るコンテンツ制作の案件を受注している。業務は時期によって繁閑の差が大きいこともあり,コンテンツ制作を行う制作部はデザイナをあまり抱えておらず,社外の個人や法人のデザイナによるネットワークを組織して,案件の内容に応じてその分野を得意とする社外のデザイナに外部委託している。案件を受注する都度,社内のデザイナを指名し,営業担当者とともに案件担当者として割り当て,外部委託の手続や案件遂行に関するとりまとめの作業に当たる。案件ごとに社内のデザイナを割り当てるので,組織に業務ノウハウが蓄積しにくく,顧客によっては継続的な対応を依頼されるが,十分な取組みができていない。受注案件の採算は,コンテンツ制作に要する外部委託費と社内工数に大きく影響され,採算の改善が課題となっている。
C 社でコンテンツ制作に用いている情報システムとしては,制作業務を支援するコンテンツ管理システム,及び案件を管理する案件管理ツールがある。案件管理ツールは今後,案件管理システムとして整備する方針である。
C 社では,これまでは雑誌やリーフレットといった紙媒体のコンテンツ制作が中心であったが,受注量が漸減傾向にあることから,ディジタルコンテンツ制作にも取り組み始めている。紙媒体のコンテンツであってもディジタルデータで納品することがほとんどである。ディジタルコンテンツを取り扱っても業務プロセスに変更はないが,情報システムについては見直しを行い,ディジタルコンテンツへの取組みを拡大していきたい。
〔制作業務の現状〕
C 社では,制作業務の実施に当たり,コンテンツ管理システムを利用している。コンテンツ管理システムは,図,写真及び文章から成るコンテンツの登録や編集などの機能がある。
案件の中には,企業の新製品の発表や決算報告用資料の印刷原稿の作成など,公開されるまでは極めて機密性の高いものもある。このような機密保持が必要な案件は,情報漏えいの防止及び監査対応が必要なので,コンテンツ管理システムにおいて,当該案件のコンテンツへのアクセスは案件担当者に限り,コンテンツへのアクセス履歴を保管している。
コンテンツは,素材となる幾つかのコンテンツ部品(以下,部品という)を組み合わせて制作する。部品は複数の社外のデザイナに分けて外部委託することが多い。社外のデザイナから全ての部品が納品されたら,社内のデザイナがそれらをコンテンツ管理システムに登録し,編集機能を使用して部品を組み合わせて,最終的にコンテンツを完成させる。社外のデザイナからは,部品の納品に際して著作権を譲渡してもらい,著作者人格権は行使しない契約を締結している。
案件によっては,過去の部品の形状や位置を少し変えるだけで再利用可能な場合もある。しかし,社内のデザイナのセンスや編集スキルでは部品のテイストが損なわれる可能性もあるので,納品された部品の形状や位置を C 社で変更することはない。このため,異なる案件で類似の部品が必要となった場合でも,改めて部品を制作することになり,外部委託費が掛かるほか,契約や関連資料の授受といった事務手続のための社内工数が掛かっている。
〔制作業務への新たな取組みの試行〕
そこで,ブロックチェーン(分散型台帳)技術を応用したシステムを構築して,著作権は社外の各デザイナに留保させたままにして,社外のデザイナと広告代理店から成る取引先と C 社の間で,部品を融通させる新たな取組みを試行することにした。ブロックチェーンには,部品のデータのハッシュ値,取引履歴などの情報に,社外のデザイナが電子署名をして利用する。ブロックチェーンは全ての取引先で共有することを予定している。この仕組みによって,著作権を保有する社外のデザイナから部品を購入することができるようになるので,改めて制作する必要も減り,C 社での外部委託費はあまり変わらないものの,事務手続のための社内工数の削減が期待できる。C 社は,この試行が成功したら,参加取引先を拡大させて,“コンテンツ流通のプラットフォーム運用事業”として事業化する予定である。
試行の成否は,KPI を設定して確認する予定である。KPI としては,財務の視点からは“売上高利益率の増加率”を,顧客の視点からは“受注件数の増加率”を,業務プロセスの視点からは制作業務の観点に着目して“a ”を,学習と成長の視点からは“システムの操作の習熟度”を設定する。
〔案件管理の改善〕
案件管理ツールは,スプレッドシートを利用して,引合いや受注した案件の内容,広告代理店名,広告主名,見積額,受注額,納期などを記録し,予算・実績の管理と営業部全員の情報共有に活用されている。
広告主の中には,費用削減を目的に,複数の広告代理店へ見積依頼することもある。多くの広告代理店と取引のある C 社では,一つの広告主からの同じ案件を,複数の広告代理店から別々に見積依頼されることもある。このような場合でも,それぞれに対して同一の見積額を提示するように徹底している。
案件管理ツールについては,ディジタルコンテンツの取扱いや今後の事業拡大を視野に入れ,広告代理店からの引合いや受注の情報を確実に管理できるよう,案件管理システムとして整備する方針である。案件管理システムでは,案件情報や見積条件から,一つの広告主からの同じ案件と判断できる別の広告代理店からの引合いは,関連付けて管理する機能を設ける。
〔事業拡大の取組み〕
コンテンツ管理システムの機能を向上させ,案件管理システムを整備することによって,紙媒体やディジタルコンテンツ制作だけでなく,動画と音声を含めた Web デザインの業務まで拡大し,“Web の構築や運用の事業”に取り組みたいと考えている。“コンテンツ流通のプラットフォーム運用事業”や“Web の構築や運用の事業”の事業拡大に当たっては,制作部での Web デザイン業務の追加のほか,運用部を新設する必要があると考えている。
出題趣旨(IPA)
ITストラテジストには,情報技術を活用したビジネス戦略の推進や業務改革を提案し,情報システムを企画する能力が求められる。本問では,デザイン会社の事業展開に関する取組みを題材として,業務の効率向上や新しい事業の構築に情報技術を応用する能力を評価する。具体的には,制作業務に関わる情報システム,案件管理の取組み,事業拡大への課題について問う。
採点講評(問全体・IPA)
問3では,コンテンツ制作会社の事業展開について出題した。題意や状況設定はおおむね理解されているようであった。全体として,正答率は高かった。
ITストラテジストは,新たな情報技術を活用して,事業の推進の支援や提案が行える能力を高めてほしい。
設問と解答例
設問1(1)
解答欄2つ
C 社や取引先の間で部品を融通する仕組みに取り組むメリットは何か。C 社のメリットと社外のデザイナのメリットを,それぞれ 30 字以内で述べよ。
解説
本文の根拠
〔制作業務の現状〕
社外のデザイナからは,部品の納品に際して著作権を譲渡してもらい,著作者人格権は行使しない契約を締結している。
〔制作業務の現状〕
このため,異なる案件で類似の部品が必要となった場合でも,改めて部品を制作することになり,外部委託費が掛かるほか,契約や関連資料の授受といった事務手続のための社内工数が掛かっている。
〔制作業務への新たな取組みの試行〕
そこで,ブロックチェーン(分散型台帳)技術を応用したシステムを構築して,著作権は社外の各デザイナに留保させたままにして,社外のデザイナと広告代理店から成る取引先と C 社の間で,部品を融通させる新たな取組みを試行することにした。
〔制作業務への新たな取組みの試行〕
この仕組みによって,著作権を保有する社外のデザイナから部品を購入することができるようになるので,改めて制作する必要も減り,C 社での外部委託費はあまり変わらないものの,事務手続のための社内工数の削減が期待できる。
C 社のメリットは本文にそのまま書かれている。今は類似の部品でも改めて制作を委託するので,契約や関連資料の授受といった事務手続の社内工数が掛かっている。新しい仕組みでは既存の部品を購入できるので,外部委託費はあまり変わらないものの「事務手続のための社内工数の削減が期待できる」。
社外のデザイナのメリットは,著作権の扱いの違いから読み取る。今は納品時に著作権を C 社に譲渡しているので,デザイナは自分が作った部品をほかで使えない。新しい仕組みでは著作権をデザイナに留保させたまま部品を融通するので,デザイナは過去の部品を再利用して,取引先に購入してもらえるようになる。講評によると,“著作者人格権が行使できる”と述べた解答が一部で見られた。権利そのものではなく,それによってどのようなメリットが実現されるかまで書く必要がある。
30字ずつに対し,解答例は C 社が「事務手続のための社内工数が削減できること」で20字,社外のデザイナが「過去の部品の再利用が可能になること」で17字。C 社側は外部委託費ではなく社内工数であることに注意する。
採点講評(IPA)
設問1(1)の社外のデザイナのメリットでは,“著作者人格権が行使できる”ことを述べた解答が一部で見られた。どういったメリットが実現されるのか,具体的な内容まで言及して解答してほしかった。
設問1(2)
解答欄1つ
本文中のa に入れる適切な字句を,15 字以内で述べよ。
解説
本文の根拠
〔制作業務の現状〕
案件によっては,過去の部品の形状や位置を少し変えるだけで再利用可能な場合もある。
〔制作業務への新たな取組みの試行〕
この仕組みによって,著作権を保有する社外のデザイナから部品を購入することができるようになるので,改めて制作する必要も減り,
〔制作業務への新たな取組みの試行〕
試行の成否は,KPI を設定して確認する予定である。KPI としては,財務の視点からは“売上高利益率の増加率”を,顧客の視点からは“受注件数の増加率”を,業務プロセスの視点からは制作業務の観点に着目して“a ”を,学習と成長の視点からは“システムの操作の習熟度”を設定する。
試行している取組みの中身は,取引先と C 社の間で部品を融通し,改めて制作する代わりに既存の部品を使えるようにすることである。制作業務から見た成否は,コンテンツの制作にどれだけ既存の部品を再利用できたかで測れる。
空欄 a は業務プロセスの視点で,しかも「制作業務の観点に着目して」設定する KPI である。財務(売上高利益率),顧客(受注件数),学習と成長(システムの操作の習熟度)はほかの視点に割り当てられているので,a には制作業務で取組みが進んだかを示す指標,すなわち部品の再利用率が入る。講評によると,“業務ノウハウ蓄積度”のように計数対象や算定方法が不明な解答や,取組みの成否との関連性が乏しい解答が一部に見られた。KPI は数えられて,かつ取組みの成否に直結するものにする。
15字に対し,解答例は「部品の再利用率」で7字。他の KPI が“〜の増加率”“〜の習熟度”のように測り方の分かる形なので,a も「〜率」のように数値で測れる形で書く。
採点講評(IPA)
設問1(2)では,“業務ノウハウ蓄積度”のような計数対象や算定方法が不明であったり,取組みの成否との関連性が乏しかったりする解答が一部に見られた。KPIとして経営者に報告可能な内容かどうかを確認してほしかった。
設問2(1)
25字以内
情報漏えいの防止及び監査対応のために,案件管理システムに追加すべき機能は何か。25 字以内で述べよ。
解答例
解説
本文の根拠
〔制作業務の現状〕
このような機密保持が必要な案件は,情報漏えいの防止及び監査対応が必要なので,コンテンツ管理システムにおいて,当該案件のコンテンツへのアクセスは案件担当者に限り,コンテンツへのアクセス履歴を保管している。
〔案件管理の改善〕
案件管理ツールは,スプレッドシートを利用して,引合いや受注した案件の内容,広告代理店名,広告主名,見積額,受注額,納期などを記録し,予算・実績の管理と営業部全員の情報共有に活用されている。
機密保持が必要な案件について,コンテンツ管理システムでは情報漏えいの防止及び監査対応のために,アクセスを案件担当者に限り,アクセス履歴を保管している。一方,案件管理ツールはスプレッドシートで,案件の内容や広告主名などを記録して営業部全員で共有しているだけである。新製品の発表のような機密性の高い案件では,案件の内容や広告主名そのものが漏らしてはならない情報になる。
そこで案件管理システムにも,コンテンツ管理システムと同じく,だれがいつ案件の情報を見たかを残す機能が要る。アクセス履歴があれば,監査で確認を求められたときに示すことができ,不正な閲覧の抑止にもなる。
25字に対し,解答例は「案件へのアクセス履歴を保管する機能」で17字。コンテンツ管理システムの「コンテンツへのアクセス履歴を保管」を,案件管理システムに合わせて「案件へのアクセス履歴」と言い換える。
設問2(2)
30字以内
案件管理システムにおいて,同じ案件と判断できる引合いを関連付けて管理する理由は何か。30 字以内で述べよ。
解答例
解説
本文の根拠
〔案件管理の改善〕
広告主の中には,費用削減を目的に,複数の広告代理店へ見積依頼することもある。多くの広告代理店と取引のある C 社では,一つの広告主からの同じ案件を,複数の広告代理店から別々に見積依頼されることもある。このような場合でも,それぞれに対して同一の見積額を提示するように徹底している。
〔案件管理の改善〕
案件管理システムでは,案件情報や見積条件から,一つの広告主からの同じ案件と判断できる別の広告代理店からの引合いは,関連付けて管理する機能を設ける。
C 社は,一つの広告主からの同じ案件を複数の広告代理店から別々に見積依頼されることがあり,その場合でも「それぞれに対して同一の見積額を提示するように徹底している」。
同じ案件の引合いが別々に管理されていると,広告代理店ごとに違う見積額を出してしまうおそれがある。引合いを関連付けて管理すれば,同じ案件だと分かったうえで,先に出した見積額と同じ額を提示できる。関連付けは,この方針を確実に守るための手段である。
30字に対し,解答例は「複数の広告代理店に同一の見積額を提示するので」で22字。本文の方針をそのまま使い,理由なので「〜ので」で結ぶ。
設問3(1)
25字以内
Web デザイン業務の取組みに際して,現状のコンテンツ管理システムでは不足する編集機能は何か。25 字以内で述べよ。
解答例
解説
本文の根拠
〔制作業務の現状〕
コンテンツ管理システムは,図,写真及び文章から成るコンテンツの登録や編集などの機能がある。
〔事業拡大の取組み〕
コンテンツ管理システムの機能を向上させ,案件管理システムを整備することによって,紙媒体やディジタルコンテンツ制作だけでなく,動画と音声を含めた Web デザインの業務まで拡大し,“Web の構築や運用の事業”に取り組みたいと考えている。
現状のコンテンツ管理システムが扱えるのは「図,写真及び文章から成るコンテンツ」の登録や編集である。
事業拡大では「動画と音声を含めた Web デザインの業務」まで広げる。図・写真・文章にない要素は動画と音声なので,不足する編集機能は動画と音声のコンテンツの編集機能になる。本文はそのためにコンテンツ管理システムの「機能を向上させ」るとしている。
25字に対し,解答例は「動画と音声のコンテンツの編集機能」で16字。今ある機能との差分(動画と音声)を書き,設問どおり「編集機能」で結ぶ。
設問3(2)
25字以内
C 社が運用業務のための運用部を新設する狙いは何か。25 字以内で述べよ。
解答例
解説
本文の根拠
冒頭
案件ごとに社内のデザイナを割り当てるので,組織に業務ノウハウが蓄積しにくく,顧客によっては継続的な対応を依頼されるが,十分な取組みができていない。
〔制作業務への新たな取組みの試行〕
C 社は,この試行が成功したら,参加取引先を拡大させて,“コンテンツ流通のプラットフォーム運用事業”として事業化する予定である。
〔事業拡大の取組み〕
“コンテンツ流通のプラットフォーム運用事業”や“Web の構築や運用の事業”の事業拡大に当たっては,制作部での Web デザイン業務の追加のほか,運用部を新設する必要があると考えている。
C 社は案件ごとに社内のデザイナを割り当てるので,組織に業務ノウハウが蓄積しにくく,顧客から継続的な対応を依頼されても十分に取り組めていない。今の組織は案件単位で制作して納めるための形になっている。
これから拡大するのは“コンテンツ流通のプラットフォーム運用事業”や“Web の構築や運用の事業”で,どちらも納品して終わりではなく,運用を続ける事業である。案件ごとに担当を割り当てる今の枠組みでは継続的な運用を担えないので,運用部を新設して,拡大する運用事業の業務を継続的に運営できるようにする。講評によると,“システムの運用”や“事業の運用”といった運用部そのものの業務を書いた解答が散見された。問われているのは新設の狙いで,既存の枠組みでは解決できない C 社の課題に目を向ける。
25字に対し,解答例は「拡大する運用事業の継続的な業務運営」で17字。「継続的な」が案件ごとの割当てとの違いを表す要の語である。
採点講評(IPA)
設問3(2)では,運用部を新設する狙いを問うたが,“システムの運用”や“事業の運用”といった,運用部そのものの業務を解答したものが散見された。C社のもつ課題を念頭に,既存の枠組みでは解決できないことに取り組もうとしていることに気付いてほしかった。
出典:平成30年度 秋期 ITストラテジスト試験 午後Ⅰ 問3(表記を一部改変)
問4 AI を活用したエレベータの製品企画
AI を活用したエレベータの製品企画に関する次の記述を読んで,設問1〜3に答えよ。
R 社は,エレベータの製造販売を行う中堅メーカであり,国内市場において,主に低層及び中層のビル向けに製品を納入してきた。
エレベータメーカの業態は,製造販売のほかに,新設・更新工事と保守も手掛けるストック型ビジネスである。エレベータの物理的設置方法がメーカごとに異なることから,更新工事のほとんどはそのエレベータを設置したメーカが再受注することになる。したがって,新設のシェアを高めることができると長期間高い売上げを維持することができる。
〔R 社の現状〕
創業以来売上げは順調に伸びていたが,ここ数年は下降傾向となり,売上げを確保するための新たな事業戦略を立てる必要に迫られている。 保守体制の新規構築に課題があり,これまで海外進出には消極的であった。 監視センタの遠隔監視システムで,エレベータの故障情報を収集して保守に生かしている。しかし,エレベータの故障発生を通知されてから修理する事後保全であることから,予期せずエレベータが使えなくなったり,修理完了までのエレベータ停止時間が長くなったりするので,利用者から不満が出ている。 〔国内市場の動向〕
低層及び中層のビル用エレベータについては,数年前,海外メーカが新規参入した。このメーカのエレベータは安価で,しかも国内のメーカごとに異なる物理的設置方法に対応できるように工夫されていることからシェアを伸ばしている。 オフィス,ホテルの高層ビル化が急激に進んだ当時のエレベータの最大の課題は,移動速度であった。高速エレベータは特殊な部品・構造を要し,価格が高くなるので,今では,超高層ビルの展望階に直行する観光用エレベータなどに限定されている。 国内市場ではビルの建設は一巡し,新規ビルの建設数は減少傾向にある。 〔高層ビル用エレベータに対する最近の要求事項〕
利用者が集中する時間帯(社員の出退勤時間帯,宿泊客の到着時・出発時,食事時間帯など)における待ち時間を短縮してほしい。待ち時間を短縮するために,エレベータを高層階用,中層階用,低層階用にグループ分けするケースが多いが,利用者がいないグループのエレベータがある一方で,別グループのエレベータの待ち時間が長い場合が多い。待ち時間は,ビルの階数に応じて長くなる傾向が見られる。 予定されている外出,打合せなどで急いでいるときに,エレベータが離れた階から移動してくることがあるので,その待ち時間を短縮してほしい。 地震が多発する地域のエレベータでは,利用者の閉じ込め事故を防止する機能が必要とされている。しかし,地震を感知してエレベータを最寄りの階に停止させ開扉する従来の方式では,急激な揺れの場合は間に合わないことがあるので改善してほしい。 これらの最近の要求事項は,特殊な部品・構造を必要とせず,ソフトウェアの制御技術で対応可能なので,高層ビル用エレベータの市場は参入しやすくなってきている。
〔海外市場の状況〕
R 社の IT ストラテジストである U 氏は,海外市場における今後 10 年間のエレベータの需要を調査したところ,次のことが分かった。
新興国の都市部に高層ビルの建設予定が多く,集中した需要が見込まれる。 日本国内同様,高層ビルにおける待ち時間の不満が多くなってきている。 U 氏は,今後は海外市場の高層ビル向けの製品にも注力すべきと考えた。
〔新機能の検討〕
U 氏は,海外への事業展開に当たり,ターゲットを高層ビルとし,一度獲得した自社のシェアを守るために,他社との差別化を図った新機能を新製品にもたせるべきと考えた。そこで新製品に備える新機能 3 件を,次のようにまとめた。
待ち時間の短縮 保守によるエレベータを利用できない期間の短縮 急激な揺れの地震時における,エレベータ閉じ込め事故の防止 U 氏は,実現方法の検討を,R 社のシステムアーキテクトである V 氏に依頼した。
V 氏は,実現方法の検討結果を次のようにまとめ,U 氏に報告した。
利用者が集中する時間帯には,利用者の行き先階をリアルタイムに判別して,乗るエレベータを分け,算出された人数まで利用者が乗った後,又は一定時間経った後に閉扉するように制御することによって平均待ち時間を短縮する。 曜日,休日,時間,天気,周辺のイベントなどによる利用者の変動を予測する。 エレベータの稼働時の状態を監視し,予防保全を行う。 各地に分散しているビルの振動情報をリアルタイムに収集して地震の発生を検知し,計算によって大きな揺れが伝搬する地域を割り出す。その結果を基に,従来の方式よりも早くエレベータを最寄り階に停止させて開扉するように制御する。 〔他社技術の検討〕
U 氏は,V 氏に対して次の検討を依頼した。
(1) 総合ビル管理システムメーカ S 社の入退場管理システム,監視カメラシステム(以下,S 社 2 システムという)との情報連携 R 社と協業関係にある S 社は,海外に工事・保守拠点をもち,グローバルな事業展開を進めてきたが,売上げが目標に達しなかった。今後は,省エネルギーなど,ビルを活用する上での様々な効率向上を図るソリューションを提供し,シェアを伸ばす方針を固めている。
(2) 情報処理システム開発メーカ T 社との,AI 技術を活用した新機能の実現 R 社と同系列会社である T 社は,AI 技術をコアコンピタンスとして,新たな事業展開を模索している。
V 氏は,S 社及び T 社とともに検討した結果,新製品に備える新機能 3 件は実現可能であることを,U 氏に報告した。
〔国・地域ごとの調査〕
U 氏は,V 氏に国・地域ごとの次の調査を先行するよう指示した。
エレベータに関する各種規格の調査 通信インフラのリアルタイム性調査 天気,周辺のイベントなどの情報を入手する方法の調査 〔海外への事業展開計画〕
U 氏は,海外への事業展開に当たり,次の施策を検討した。
S 社,及び T 社と提携して新機能を備えた新製品を開発し,S 社 2 システムと合わせて販売する。 AI 技術を活用した新機能の開発が遅れる場合でも,後でソフトウェア更新することを前提に市場投入を急ぐ。 S 社 2 システムを対象とした通信ユニットを実装する。 S 社に対しては,S 社 2 システムとの連携のほかに,エレベータの新設・更新工事と保守の協業も依頼する。 将来,エレベータに追加可能なオプション機能として,ビルのテナント会社の業務システムから従業員のスケジュール管理情報を取り込んで,S 社 2 システムと連携したエレベータの自動制御機能を開発する。
出題趣旨(IPA)
ITストラテジストには,AI,IoTを踏まえた新たな事業戦略を立てるに当たり,市場動向を基に将来性のある新製品企画と事業計画を立案する能力が求められる。本問では,エレベータ製造販売メーカの新製品企画を題材として,海外市場に対してAIを活用した競争力の高い新製品企画と事業計画を立案する能力を評価する。具体的には,国内外の市場状況を調査して事業性を検討する能力,競争力の高い新機能を企画する能力,戦略的な事業展開を企画・立案する能力を問う。
採点講評(問全体・IPA)
問4では,AIを活用したエレベータの製品企画について出題した。題意や状況設定はおおむね理解されているようであった。
ITストラテジストは,市場動向,技術動向及び自社の保有技術を基に,AIなどの新たな技術も活用して競争力の高い新製品を企画し,戦略的な事業展開を推進する能力を高めてほしい。
設問と解答例
設問1(1)
20字以内
エレベータメーカの業態はストック型ビジネスであるにもかかわらず,R 社の売上げが下降傾向にある。その原因を 20 字以内で述べよ。
解答例(2通り)
海外メーカが新規参入したから 新規ビルの建設数は減少傾向にあるから
解説
本文の根拠
冒頭
エレベータの物理的設置方法がメーカごとに異なることから,更新工事のほとんどはそのエレベータを設置したメーカが再受注することになる。したがって,新設のシェアを高めることができると長期間高い売上げを維持することができる。
〔国内市場の動向〕
低層及び中層のビル用エレベータについては,数年前,海外メーカが新規参入した。このメーカのエレベータは安価で,しかも国内のメーカごとに異なる物理的設置方法に対応できるように工夫されていることからシェアを伸ばしている。
〔国内市場の動向〕
国内市場ではビルの建設は一巡し,新規ビルの建設数は減少傾向にある。
ストック型ビジネスの強みは,物理的設置方法がメーカごとに異なるので,更新工事をそのエレベータを設置したメーカがほぼ再受注できることにある。新設のシェアを取れば,後の更新工事と保守で長く売上げが続く。それでも売上げが下がっているのは,この仕組みが崩れているか,新設そのものが減っているかである。
〔国内市場の動向〕に原因が二つある。一つは,R 社の主力である低層及び中層のビル用に,安価で,しかも国内のメーカごとに異なる物理的設置方法に対応できる海外メーカが新規参入し,シェアを伸ばしていることである。もう一つは,新規ビルの建設数が減少傾向にあり,新設の需要が減っていることである。解答例はこの二つを別解として示しており,どちらか一方を書けばよい。講評によると,原因ではなく単に実情を答えた誤った解答も見られた。「売上げが下がる」ことにつながる出来事を選ぶ。
20字に対し,解答例は「海外メーカが新規参入したから」で14字,別解が「新規ビルの建設数は減少傾向にあるから」で18字。字数が少ないので原因を一つに絞り,「〜から」で結ぶ。
採点講評(IPA)
設問1(1)では,ストック型ビジネスであるにもかかわらず,R社の売上げが下降傾向にある原因について解答を求めた。正答率は高かったが,原因ではなく,単に実情を答えた誤った解答も見られた。
設問1(2)
30字以内
U 氏が,今後は海外市場の高層ビル向けの製品にも注力すべきと考えた需要面の理由を,30 字以内で述べよ。
解答例
高層ビルの建設予定が多く,集中した需要が見込まれるから
解説
本文の根拠
〔国内市場の動向〕
国内市場ではビルの建設は一巡し,新規ビルの建設数は減少傾向にある。
〔海外市場の状況〕
新興国の都市部に高層ビルの建設予定が多く,集中した需要が見込まれる。
〔海外市場の状況〕
U 氏は,今後は海外市場の高層ビル向けの製品にも注力すべきと考えた。
国内市場では新規ビルの建設数が減っており,新設のシェアで売上げを伸ばす余地が小さい。U 氏が海外市場を調べて分かったことは二つで,そのうち需要の量に関わるのは「新興国の都市部に高層ビルの建設予定が多く,集中した需要が見込まれる」ことである。
もう一つの「高層ビルにおける待ち時間の不満が多くなってきている」は,需要の量ではなく製品に求められる機能に関わる事実で,新機能の検討につながる。設問は「需要面の理由」と限っているので,建設予定の多さと集中した需要を書く。新設の需要が大きいことは,ストック型ビジネスで長く売上げを得る足掛かりになる。
30字に対し,解答例は「高層ビルの建設予定が多く,集中した需要が見込まれるから」で27字。本文の一文をほぼそのまま使い,理由なので「〜から」で結ぶ。
設問2(1)
40字以内
V 氏が U 氏に報告した検討結果のうち,特に AI 技術を活用した新機能の実現方法を 40 字以内で述べよ。
解答例
曜日,休日,時間,天気,周辺のイベントなどによる利用者の変動を予測する。
解説
本文の根拠
〔新機能の検討〕
曜日,休日,時間,天気,周辺のイベントなどによる利用者の変動を予測する。
〔他社技術の検討〕
(2) 情報処理システム開発メーカ T 社との,AI 技術を活用した新機能の実現
〔国・地域ごとの調査〕
天気,周辺のイベントなどの情報を入手する方法の調査
V 氏の検討結果は四つある。行き先階の判別と閉扉の制御,利用者の変動の予測,稼働時の状態の監視と予防保全,振動情報による地震の検知と停止の制御である。このうち,曜日・休日・時間・天気・周辺のイベントといった多くの要因から利用者の変動を予測するものが,AI 技術の活用に当たる。ほかの三つは,判別した結果や検知した情報に基づいてエレベータを制御・監視する仕組みである。
U 氏は AI 技術をコアコンピタンスとする T 社との「AI 技術を活用した新機能の実現」を検討させており,〔国・地域ごとの調査〕でも「天気,周辺のイベントなどの情報を入手する方法の調査」を先行させている。予測に使う情報を国・地域ごとに入手する必要があるからで,予測が AI 技術を使う新機能であることと筋が合う。
40字に対し,解答例は「曜日,休日,時間,天気,周辺のイベントなどによる利用者の変動を予測する。」で36字。本文の検討結果の一項目をそのまま写す。予測に使う要因を省くと何を予測するのかがぼやけるので,要因を並べたまま書く。
設問2(2)
30字以内
海外市場にも安価なエレベータを販売するメーカの参入が想定されるが,U 氏はどのような戦略で対抗することを考えたか。30 字以内で述べよ。
解答例
自社製品には他社との差別化を図った機能をもたせる。
解説
本文の根拠
〔国内市場の動向〕
低層及び中層のビル用エレベータについては,数年前,海外メーカが新規参入した。このメーカのエレベータは安価で,しかも国内のメーカごとに異なる物理的設置方法に対応できるように工夫されていることからシェアを伸ばしている。
〔高層ビル用エレベータに対する最近の要求事項〕
これらの最近の要求事項は,特殊な部品・構造を必要とせず,ソフトウェアの制御技術で対応可能なので,高層ビル用エレベータの市場は参入しやすくなってきている。
〔新機能の検討〕
U 氏は,海外への事業展開に当たり,ターゲットを高層ビルとし,一度獲得した自社のシェアを守るために,他社との差別化を図った新機能を新製品にもたせるべきと考えた。
R 社は国内で,安価な海外メーカの参入によってシェアを奪われた経験がある。高層ビル用の市場も,最近の要求事項がソフトウェアの制御技術で対応できるので参入しやすくなっており,海外市場でも安価なエレベータを売るメーカが入ってくることが想定される。
U 氏はこれに対して,「一度獲得した自社のシェアを守るために,他社との差別化を図った新機能を新製品にもたせるべき」と考えた。価格で競うのではなく,待ち時間の短縮,保守による停止期間の短縮,地震時の閉じ込め事故の防止といった機能で差を付けて対抗する戦略である。講評によると,“通信インフラのリアルタイム性を調査する”など,他メーカの参入に対抗する戦略という題意から外れた解答も見られた。調査は準備の作業であり,戦略そのものではない。
30字に対し,解答例は「自社製品には他社との差別化を図った機能をもたせる。」で25字。〔新機能の検討〕の一文を使い,何で対抗するか(差別化を図った機能)を書く。
採点講評(IPA)
設問2(2)では,安価なエレベータを販売するメーカの参入に対抗する戦略を求めた。正答率は高かったが“通信インフラのリアルタイム性を調査する”など,他メーカの参入に対抗する戦略という題意からは外れた解答もみられた。
設問3(1)
解答欄2つ
U 氏が,新製品の市場投入を急ぐ目的を 35 字以内で述べよ。また,市場投入を早めるためにあらかじめ打つ施策を 30 字以内で述べよ。
〔目的〕解答例
新設のシェアを高めることによって長期間高い売上げを維持する。
〔施策〕解答例
S社2システムを対象とした通信ユニットを実装する。 ソフトウェア更新で機能追加できるように設計する。
解説
本文の根拠
冒頭
したがって,新設のシェアを高めることができると長期間高い売上げを維持することができる。
〔海外市場の状況〕
新興国の都市部に高層ビルの建設予定が多く,集中した需要が見込まれる。
〔海外への事業展開計画〕
AI 技術を活用した新機能の開発が遅れる場合でも,後でソフトウェア更新することを前提に市場投入を急ぐ。
〔海外への事業展開計画〕
S 社 2 システムを対象とした通信ユニットを実装する。
目的:エレベータはストック型ビジネスで,新設のシェアを高めれば,その後の更新工事と保守で「長期間高い売上げを維持することができる」。海外では高層ビルの建設予定が多く,需要が集中する。この時期に遅れず市場に出して新設を多く取ることが,市場投入を急ぐ目的である。
施策:市場投入を急ぐため,AI 技術を活用した新機能の開発が遅れても「後でソフトウェア更新することを前提に」出す。そのためには,後からソフトウェア更新で機能を追加できるように設計しておく必要がある。また,将来のオプション機能は S 社 2 システムとの連携を前提にしているので,S 社 2 システムを対象とした通信ユニットを実装しておけば,後から連携する機能を追加できる。解答例はこの二つを別解として示している。講評によると,施策の正答率は低く,あらかじめ打つ施策という題意から外れた解答が多かった。「あらかじめ」とは,出荷した後で機能を足せるように出荷前に備えておくことである。
目的は35字に対し,解答例は「新設のシェアを高めることによって長期間高い売上げを維持する。」で30字。施策は30字に対し,「S社2システムを対象とした通信ユニットを実装する。」で25字,「ソフトウェア更新で機能追加できるように設計する。」で24字。目的は冒頭のストック型ビジネスの説明を使い,シェアと長期間の売上げを組にする。
採点講評(IPA)
設問3(1)では,新製品の市場投入を急ぐ目的と,市場投入を早めるためにあらかじめ打つ施策を求めた。施策についての正答率は低く,あらかじめ打つ施策という題意からは外れた解答が多くみられた。設問をよく読んで解答してほしかった。
設問3(2)
25字以内
U 氏が将来,エレベータに追加可能なオプション機能として検討した,エレベータの自動制御機能で実現させたい動作を,25 字以内で述べよ。
解答例
解説
本文の根拠
〔高層ビル用エレベータに対する最近の要求事項〕
予定されている外出,打合せなどで急いでいるときに,エレベータが離れた階から移動してくることがあるので,その待ち時間を短縮してほしい。
〔他社技術の検討〕
(1) 総合ビル管理システムメーカ S 社の入退場管理システム,監視カメラシステム(以下,S 社 2 システムという)との情報連携
〔海外への事業展開計画〕
将来,エレベータに追加可能なオプション機能として,ビルのテナント会社の業務システムから従業員のスケジュール管理情報を取り込んで,S 社 2 システムと連携したエレベータの自動制御機能を開発する。
高層ビル用エレベータへの要求事項に,「予定されている外出,打合せなどで急いでいるときに,エレベータが離れた階から移動してくる」ので,その待ち時間を短縮してほしいというものがある。
オプション機能は,テナント会社の業務システムから従業員のスケジュール管理情報を取り込み,入退場管理システム・監視カメラシステムと連携してエレベータを自動制御する。スケジュールから外出や打合せの予定が分かり,S 社 2 システムから利用者がどこにいるかが分かれば,利用者が乗る前にその階へエレベータを移動させておける。これで,急いでいるときの待ち時間の要求に応えられる。
25字に対し,解答例は「利用者の階へエレベータをあらかじめ移動させる。」で23字。設問が「動作」を問うているので,エレベータがどう動くか(利用者の階へあらかじめ移動する)を書く。
出典:平成30年度 秋期 ITストラテジスト試験 午後Ⅰ 問4(表記を一部改変)
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