V 社は,従業員数 100 名のソフトウェア開発会社である。V 社では,開発に関わる全員が情報セキュリティを意識した実装を行えるよう,開発経験が浅い従業員にセキュリティ教育を行っている。次は,任意の攻撃コードが実行され得る脆弱性について,開発チームの T 主任が部下の U さんに教えていた時の会話である。
T 主任:任意の攻撃コードが実行され得る脆弱性は幾つかある。確保済みメモリ領域を超えてデータを書き込んでしまう a と呼ばれる脆弱性の報告が以前から多かった。最近は解放したメモリ領域を後から使用してしまう b と呼ばれる脆弱性の報告も多くなってきている。
U さん:b という脆弱性は具体的にはどのようなものなのですか。
T 主任:例えば,図1の C++ソースコードからなるプログラム(以下,例示プログラムという)があったとする。例示プログラムは,図2に示すシステム構成の中で動作し,ノートと呼ぶメモ書き機能を実現するものであり,クライアントから利用者が自身の名前とメッセージを登録したり,それを他の利用者が参照したりする。例示プログラムでは,ノートは Note 構造体で表現され,利用者の操作に応じて,NoteManager クラスの各メンバ関数が個別に呼び出される。各メンバ関数では,ノートの生成(CreateNote),利用者の名前の登録(RegisterName),メッセージの登録(RegisterMsg),ノートの登録内容表示(DisplayNote),ノートの破棄(DeleteNote)を行う機能を実装している。例示プログラムにおいて,DeleteNote メンバ関数内で m_note の指すメモリ領域を解放しているが,仮に DeleteNote メンバ関数が呼び出された直後に RegisterName メンバ関数が呼び出されると,解放した m_note の指すメモリ領域にアクセスできてしまう。これが b という脆弱性だ。例示プログラムでは,悪意をもつ利用者(以下,攻撃者という)の操作によって,任意の攻撃コードを実行され,サーバを乗っ取られてしまうおそれがある。
図1 脆弱性が存在する C++ソースコード図2 例示プログラムが動作するシステム構成の例
U さん:解放したメモリ領域にアクセスされると,どのように攻撃コードが実行されるのですか。
T 主任:例示プログラムにおいて,図3に示す(1)~(3)の順でメンバ関数の呼出しが行われたとしよう。その場合,図3の(1)で確保されていた Note 構造体用のメモリ領域と,図3の(3)で確保された char[8]用のメモリ領域が同じアドレスに割り当てられる可能性がある。その場合,①RegisterName メンバ関数内で読み込まれる攻撃者からの入力値によって,元々 Note 構造体用であったメモリ領域が上書きされる。このときの攻撃者からの入力値がうまく細工されていると,②次に RegisterName メンバ関数が呼ばれた際,その際に読み込まれる攻撃者からの入力値が,攻撃者の指定したアドレスに書き込まれることになる。このように,攻撃者からの入力値が攻撃者の指定したアドレスに書き込まれる場合には攻撃コードが実行され得る。
図3 脆弱性を悪用する関数呼出しの過程とメモリマップ
U さん:もう少し具体的に説明してください。
T 主任:関数テーブルの例で説明しよう。ここでいう関数テーブルとは,プログラム中で呼び出している共有ライブラリに含まれる関数(以下,ライブラリ関数という)の実行コードの先頭アドレスが記録されたテーブルだ。ライブラリ関数の呼出し時には,図4に示すように関数テーブルに記録された実行コードの先頭アドレスの値を参照してライブラリ関数の実行コードに処理が遷移する。
図4 ライブラリ関数の呼出し時の動き
T 主任:攻撃者が既に,攻撃コードをメモリ上に書き込んでいるとしよう。この状態で,例えば,攻撃コードが存在するアドレスを関数テーブルに書き込まれた場合,関数の呼出し時に関数テーブルが参照されると,攻撃コードに処理が遷移してしまう。
U さん:例示プログラムを攻撃する場合だと,関数テーブルに書き込むアドレスは具体的にどのような値になりますか。
T 主任:例えば,RegisterMsg メンバ関数の呼出しによって m_note->msg が指し示すメモリ領域に攻撃コードが書き込まれていて,その先頭アドレスが 0x0b123400 と分かっていたとする。その場合,関数テーブルが表1に示すようになっていたとすると,アドレス c 番地に値 d を書き込むことによって,次に CreateNote メンバ関数が呼び出された際,攻撃コードに処理が遷移することになる。
表1 関数テーブル
U さん:RegisterMsg メンバ関数の呼出しによって入力された攻撃コードは e 領域に書き込まれるので,データ実行防止と呼ばれる機能が有効化されていた場合,実行されませんよね。
T 主任:確かにそのとおりだ。ただし,③関数テーブルに書き込むアドレスとして,例えば,共有ライブラリ内のメモリアドレスを選べば,データ実行防止が有効化されていた場合でも,攻撃者が任意の処理を実行できる可能性がある。例示プログラムにおいて,共有ライブラリ内のメモリアドレスが表2のようになっていたとすると,関数テーブルに書き込むアドレスを f 番地にすることによって,データ実行防止が有効化されていた場合でも,/bin/sh を起動して任意のシェルコマンドを実行できる可能性がある。
表2 共有ライブラリ内のメモリアドレス
U さん:共有ライブラリ内のメモリアドレスは,表2のように前もって知ることができるものなのですか。
T 主任:共有ライブラリをメモリに読み込む際,それを配置するアドレスを毎回ランダムに選ぶ ASLR(Address Space Layout Randomization)と呼ばれるセキュリティ機能がある。この機能が有効な場合,共有ライブラリ内のメモリアドレスを前もって知ることは難しい。しかし,例示プログラムにおいて,図3の(3)の状態をつくり出せれば,RegisterName メンバ関数と g メンバ関数を利用することによって,ASLR が有効化されていた場合でも,共有ライブラリ内のメモリアドレスを特定できる可能性がある。データ実行防止や ASLR などは効果的な機能ではあるが,根本的な対策にはならない。やはり脆弱性そのものを修正することが重要だ。
誤りの選択肢との違い。CSRF,SQL インジェクション,クロスサイトスクリプティング,コマンドインジェクションは,メモリ操作ではなく Web アプリケーションや OS への入力の扱いに起因する脆弱性である。フォーマットストリングバグは printf などの書式文字列を攻撃者が制御できる脆弱性,レースコンディションは処理の実行順序や競合に起因する脆弱性で,どちらも本文の説明とは別物である。a と b は似ているが,“範囲を超える”のが a,“解放後に使う”のが b と区別する。
攻撃コードが書き込まれるのは,RegisterMsg が new char[100] で確保した m_note->msg の指す領域である。C++ の new で動的に確保したメモリ領域はヒープ領域なので,e はヒープである。データ実行防止(DEP)は,実行コードが置かれることを想定していないデータ用のメモリ領域でコードを実行させない機能で,ヒープ領域にある攻撃コードは実行されない,と U さんは述べている。
関数テーブルに書き込むアドレスを f 番地にすることによって,データ実行防止が有効化されていた場合でも,/bin/sh を起動して任意のシェルコマンドを実行できる可能性がある。
表2 (ア)
(ア)0xf7cc8da0 / system の実行コード。
/bin/sh を起動してシェルコマンドを実行する処理を行うには,共有ライブラリの中にある system 関数の実行コードに処理を遷移させればよい。表2 で system の実行コードの先頭アドレスは(ア)の 0xf7cc8da0 なので,f は(ア)である。講評も“シェルコマンドの実行に使われる system 関数について知っておいてほしい”と述べている。
T 社は,全ての従業員に PC を 1 台ずつ貸与している。PC は全て,営業部 LAN,業務部 LAN 及びシステム部 LAN のいずれかに接続されている。PC 及び内部システム LAN のサーバには,固定のプライベート IP アドレスを割り当てている。
T 社では,電子メール(以下,メールという)の送受信及び Web 閲覧にインターネットを利用している。T 社のドメイン名は,t-sha.co.jp(以下,T 社ドメイン名という)である。また,全ての従業員は,T 社ドメイン名のメールアカウントをもつ。
T 社では,PC 及びサーバを導入する際,システム部がアプリケーションソフトウェア,L 社製マルウェア対策ソフト及び OS(以下,これらを併せて T 社標準ソフトという)のインストール,脆弱性修正プログラムの適用,並びにマルウェア定義ファイルの最新化を行う。導入後の PC 及びサーバは,プロキシサーバ経由で T 社標準ソフトの各ベンダのサイトに毎月 1 回自動で接続し,それぞれの脆弱性修正プログラムを適用している。マルウェア定義ファイルは,1 時間おきに最新化している。
〔内部システム LAN 上のサーバの概要〕
T 社の内部システム LAN とその LAN 上のサーバは,システム部の K さんが運用業務を担当している。内部システム LAN 上のサーバの機能の概要を表1に示す。表1に示す機能は全て有効にしている。
表1 内部システム LAN 上のサーバの機能の概要(抜粋)
運用業務において,内部システム LAN 上のサーバへのログインには,SSH を利用している。
〔DMZ 上のサーバ及び FW の概要〕
DMZ 上のサーバには,固定のグローバル IP アドレスを割り当てている。DMZ 上のサーバで,プログラムが異常停止するなどのエラーが発生した場合,迷惑メール対策サーバを経由してシステム部の運用担当者のメールアドレス宛てに通知している。
DMZ 上のサーバの機能の概要を表2に示す。表2に示す機能は全て有効にしている。
表2 DMZ 上のサーバの機能の概要
運用業務において,DMZ 上のサーバへのログインには,SSH を利用している。
DNS サーバに登録されている,T 社ドメイン名に対する TXT レコードの設定内容を図2に示す。
図2 T 社ドメイン名に対する TXT レコードの設定内容
FW は,ステートフルパケットインスペクション型である。そのフィルタリングルールを表3に示す。
表3 FW のフィルタリングルール
〔セキュリティ対策の見直し〕
同業他社で,運用担当者の PC がマルウェアに感染し,サーバに格納されていた個人情報が大量に漏えいする事故が発生した。T 社の経営陣は事態を重く見て,現状の対策の点検と見直しをシステム部の J 部長に指示した。J 部長は,サーバの設定の点検及び見直し並びに運用担当者の PC の利用方法の見直しを行うように K さんに指示した。さらに,セキュリティ専門業者に助言を求めることにし,情報処理安全確保支援士(登録セキスペ)の W 氏が担当することになった。
〔サーバの設定の点検及び見直し〕
K さんは W 氏の支援を受けて,表4に示すサーバの設定のチェックリストを作成した。
表4 サーバの設定のチェックリスト(抜粋)
表4に基づいて点検していたところ,プロキシサーバのポート制限機能に問題があることが分かった。次は,プロキシサーバのポート制限機能の利用方法に関する,W 氏と K さんの会話である。
W 氏:プロキシサーバの設定をみると,CONNECT メソッドの悪用を防ぐ制限がなされていませんね。
K さん:CONNECT メソッドを悪用すると,どういう問題が生じるのでしょうか。
W 氏:図3に示すように,CONNECT メソッドを悪用してトンネルを確立させることで,Web メールサーバの機能を回避できます。そして,①この回避によっていくつかの問題が生じます。
K さん:ポート制限機能に関する設計の見直しと設定変更案を作成します。
図3 CONNECT メソッドを悪用したリクエスト
K さんと W 氏は,サーバの点検を続け,他に問題がないことを確認した。
〔運用担当者の PC の利用方法の見直し〕
引き続き K さんと W 氏は,運用担当者の PC の利用方法の見直しを行った。
運用担当者は,運用担当者の PC からサーバに特権 ID でログインしているので,PC がマルウェアに感染した場合,サーバの重要な情報が窃取されるおそれがある。また,メールの送受信やインターネットの Web 閲覧は,マルウェア感染のリスクが高い。そこで,次の対策を実施することにした。
運用担当者には,運用担当者の PC の他に,運用業務専用の PC(以下,運用 PC という)も貸与する。
サーバの運用業務は,運用 PC だけで行うルールとする。
運用 PC では,メールの送受信及びインターネットの Web 閲覧を技術的に制限する。
L3SW2 に接続する運用 PC-LAN を新設し,そこに運用 PC を接続する。
その上で,次の設定を変更することにした。
L3SW1 及び L3SW2 での IP アドレス指定によるフィルタリング設定
②Web メールサーバの HTTP 接続拒否機能の設定
③プロキシサーバのアクセス制限機能の設定
K さんは,運用 PC の利用方法案並びにサーバ及び L3SW の設定変更案を作成して,J 部長に説明し,了承を得た。K さんは,運用 PC の導入に着手し,サーバ及び L3SW の設定変更を行った。
図2 は,T 社ドメイン名に対する SPF レコードである。SPF は,ドメインの管理者が,そのドメイン名の差出人でメールを送ってよいサーバの IP アドレスを DNS に公開し,受信側がそれと照らし合わせる仕組みである。“+ip4:”の後ろに許可する送信元の IPv4 アドレスを書き,最後の“-all”は,それまでに合致しなかった送信元を認めない(fail)という意味である(RFC 7208 の 4.6.2 項と 5 章)。つまり a には,T 社からインターネットへメールを送るサーバの IP アドレスが入る。
T 社でインターネットにメールを送信するのは,表2 のとおり,転送されてきたメールをインターネットに SMTP で転送する外部メールサーバである。表1 も,Web メールサーバが送信メールを外部メールサーバに転送するとしている。外部メールサーバの IP アドレスは x1.y1.z1.4 なので,a は x1.y1.z1.4 である。
間違えやすいのは,メールを最初に受け付ける Web メールサーバ(192.168.1.11)や,受信を担当する迷惑メール対策サーバ(x1.y1.z1.2)を書くことである。Web メールサーバはプライベート IP アドレスで,インターネットからは見えない。講評も,インターネットへのメール転送経路を理解した上で解答するよう求めている。字数制限は無い。
表3 の項番 1~4 は,メールの送信と受信の経路を順に並べたものである。項番1 は“インターネット→b”で,インターネットからのメールを最初に受けるのは迷惑メール対策サーバなので b は迷惑メール対策サーバ。項番2 は“b→c”で,表2 のとおり迷惑メール対策サーバは受信メールを Web メールサーバに SMTP で転送するので c は Web メールサーバ。項番3 は“c→d”で,表1 のとおり Web メールサーバは外部メールサーバに SMTP でメールを転送するので d は外部メールサーバ。項番4 の“d→インターネット”も,表2 の外部メールサーバの機能(インターネットへの SMTP 転送)と合う。
IP アドレス単位に,HTTP による接続を拒否することができる HTTP 接続拒否機能がある。その機能を用いて,内部システム LAN 上の他のサーバからの接続を拒否している。
運用担当者の PC の利用方法の見直し
運用 PC では,メールの送受信及びインターネットの Web 閲覧を技術的に制限する。
表1 Web メールサーバ
PC から Web ブラウザによってメールを送受信できるようにする Web メール機能,及びメールボックス機能がある。
Web メールサーバは,PC の Web ブラウザからの HTTP 接続でメールの送受信を受け付ける。運用 PC は,メールの送受信を技術的に制限する対策の対象なので,Web メールサーバの Web メール機能も使えないようにする必要がある。HTTP 接続拒否機能は IP アドレス単位に接続を拒否でき,現在は内部システム LAN 上の他のサーバだけを拒否しているので,運用 PC(IP アドレスは固定)からの接続も拒否するように変更する。
運用 PC は L3SW2 に接続する運用 PC-LAN に置かれ,その IP アドレスは固定のプライベート IP アドレスである。そのため,IP アドレスを指定して拒否の対象に加えればよい。L3SW のフィルタリングは別の変更項目なので,この設問の“Web メールサーバの設定”の変更点は HTTP 接続拒否の対象の追加である。
字数は 30 字以内で,解答例は 22 字。“運用 PC”を対象にすること,“拒否”に変更することの二点を書く。“運用 PC からの接続を許可する”のような逆の変更にしない。
設問3(2)55字以内
本文中の下線③について,設定内容の変更点を 55 字以内で具体的に述べよ。
解答例
運用PCから接続できるURLは,T社標準ソフトのベンダのサイトのものだけに制限するように変更する。
解説
本文の根拠
プロキシサーバの機能(表2)
送信元 IP アドレスごとに接続可能な URL を制限するアクセス制限機能がある。現在は,全ての URL への接続を許可している。
T 社標準ソフト
導入後の PC 及びサーバは,プロキシサーバ経由で T 社標準ソフトの各ベンダのサイトに毎月 1 回自動で接続し,それぞれの脆弱性修正プログラムを適用している。
運用担当者の PC の利用方法の見直し
運用 PC では,メールの送受信及びインターネットの Web 閲覧を技術的に制限する。
運用 PC では,インターネットの Web 閲覧を技術的に制限する。一方で,運用 PC も PC なので,T 社標準ソフトの脆弱性修正プログラムの適用(毎月 1 回)やマルウェア定義ファイルの最新化(1 時間おき)のために,プロキシサーバ経由でベンダのサイトに接続する必要がある。プロキシサーバのアクセス制限機能は,送信元 IP アドレスごとに接続可能な URL を制限できるので,運用 PC の IP アドレスからは,T 社標準ソフトのベンダのサイトの URL だけに接続できるように変更すればよい。現在は全ての URL を許可している。
ここで運用 PC からの接続を全て禁止すると,パッチの適用とマルウェア定義ファイルの更新ができなくなる。講評も,運用 PC であっても,これらの更新のために各ベンダのサイトとの通信が必要になることを理解しておいてほしい,としている。
字数は 55 字以内で,解答例は 49 字。“運用 PC の送信元 IP アドレス”,“T 社標準ソフトのベンダのサイトの URL だけ”,“制限する”の三つを入れる。“全ての URL を拒否”と書くと更新ができなくなる。
N 社は,新薬創出を事業内容とする,いわゆる創薬ベンチャ企業である。従業員は 10 名で,研究開発員が 5 名,その他の事務員が 5 名である。N 社のネットワーク構成を図1に示す。図1中の全ての機器には固定の IP アドレスを割り当てている。また,インターネット経由で N 社が利用しているクラウドサービスを表1に示す。
図1 N 社のネットワーク構成表1 利用しているクラウドサービス
〔リスクアセスメント〕
N 社は,事業拡大のために,研究開発員を 30 名程度に増員する計画を立てた。これまで,情報管理を従業員の裁量に任せていたが,増員に伴い,社内の情報管理方法,特にファイルの漏えい防止対策を強化することになり,B 取締役がその責任者に,ネットワーク管理に最も詳しい R さんが担当者に,それぞれ指名された。社外の情報処理安全確保支援士(登録セキスペ)である A 氏の支援を受けることにし,漏えい防止対策の強化について検討を開始した。
次は,その時の会話である。
B 取締役:当社では情報資産の漏えい防止が重要な課題ですが,まずは有望な新薬候補に関するファイル(以下,新薬ファイルという)の保護に絞って見直そうと思います。
A 氏:分かりました。新薬ファイルは,どこに保管しているのですか。
R さん:主に研究開発用ファイルサーバに保管していますが,一部は研究開発員が使用する社内 PC にも保管しています。
A 氏:保護の見直しの最初に,サーバや社内 PC に保管中の新薬ファイルについてリスクアセスメントを行うことが必要です。JIS Q 31000:2010 及び JIS Q 31010:2012 では,リスクアセスメントは,a,リスク分析,b の三つのプロセスの順に進めると定義されています。まず,a のプロセスですが,ファイルに影響を及ぼす一般的なリスクの一覧を私から提供しますので,これを基に進めるとよいでしょう。
B 取締役と R さんは,A 氏の支援の下で a のプロセスを完了した。その結果,新薬ファイルに影響を及ぼすリスクの一覧として表2が得られた。
B 取締役と R さんは,表2のリスク2への対応として,新薬ファイルを保管している機器を収容する LAN(以下,研究開発 LAN という)と,それ以外の機器を収容する LAN(以下,事務 LAN という)に分離する LAN 分離案を検討することにした。事務 LAN はインターネットとの通信を許可するが,研究開発 LAN はインターネットとの通信を一切許可しない。この LAN 分離に伴い,社内 PC は,研究開発 LAN だけに接続する研究開発用の研究開発 PC と,事務 LAN だけに接続する一般事務用の事務 PC に分かれる。研究開発員は,事務 PC と研究開発 PC の 2 台を利用する。
R さんは,業務遂行のために必要な要件を研究開発員から聞き,図2にまとめ,ファイル転送のための中間 LAN を加えた図3の LAN 分離案を作成した。
図2 業務遂行のために必要な要件図3 LAN 分離案
この案では,研究開発 LAN と事務 LAN の間のファイル転送を行うために,ファイル転送サーバとして広く利用されている U 社製の製品 Z を導入する。図3中の FW1 と FW2 の設定内容を表3に示す。また,ファイルを転送する際の操作手順を図4に示す。
表3 FW1 と FW2 の設定内容図4 ファイルを転送する際の操作手順
LAN 分離を進めると,研究開発 PC 及び研究開発用ファイルサーバは更新ファイルの提供を受けられなくなるので,新しい仕組みが必要になる。R さんは,更新ファイル提供サービスと同じ動作をするパッチ配信兼マルウェア対策管理サーバ(以下,配信サーバという)を用意することにした。
図3,表3及び図4を見た A 氏は,幾つかのシナリオを仮定して図3の LAN 構成で想定されるマルウェア感染被害について表4のとおり評価した。表5に,各 OS を利用している機器を示す。
表4 マルウェア感染被害の評価(抜粋)表5 各 OS を利用している機器
この結果から,図3の LAN 分離案は研究開発 LAN 内の新薬ファイルの漏えい防止に有効だとの結論を得て,B 取締役は社内ネットワークの変更を進めることにした。
検討の結果,R さんは B 取締役に配信サーバの適切な設置位置を提案して,社内ネットワークを変更した。
〔不審な操作ログ〕
社内ネットワークの変更から半年ほどたったある日,ファイル転送サーバのログを調べていた R さんが,研究開発員の S さんの研究開発 PC がファイル転送サーバへ頻繁にアクセスしていたことを発見した。S さんの研究開発 PC を調査したところ,規程で利用を禁止しているリムーバブルメディアを利用した形跡があった。そのリムーバブルメディア経由で研究開発 PC がマルウェアに感染し,S さんが研究開発 PC を操作していない時に,マルウェアが研究開発 PC 内のファイルをファイル転送サーバにアップロードしていたことが分かった。ただし,ファイル転送サーバからダウンロードされてはいなかった。
このマルウェアの情報を調べたところ,次の機能をもっていることが分かった。
図4の操作手順による,ファイル転送サーバへのファイルのアップロード
図4の操作手順による,ファイル転送サーバからのファイルのダウンロード
今回,インターネットへのファイルの流出には至らなかったが,S さんの事務 PC もマルウェアに感染していた場合は直ちにインターネットへのファイルの流出に至るので,R さんはファイル転送サーバに何らかの対策が必要だと考えた。
R さんが A 氏に,この対策について相談したところ,“製品 Z には,正当なファイル転送であることを確認するために,図4の手順2の後に l の手順を追加し,その手順の完了をもってダウンロードが可能となる拡張機能が用意されているので,それを利用してはどうか”との回答を得た。R さんは,この拡張機能は効果があると考え,B 取締役の承認の下,導入した。
本文では,a のプロセスで“影響を及ぼす一般的なリスクの一覧”を基にリスクを洗い出し,表2 のリスク一覧が得られているので,リスクを見つけて一覧にする a はリスク特定。最後の b は,“各リスクへの対応の要否を検討した”とあり,リスク分析の結果をリスク基準と比較して,リスクやその大きさが受容可能かどうかを決めるリスク評価に当たる(同規格の 3.7.1)。
表4 項番1 の脆弱性 v は,HTTP 通信を悪用して管理者権限を奪取するものである。ファイル転送サーバから研究開発 PC に感染を広げるには,サーバが研究開発 PC に向けて通信を始める必要がある。表3 のとおり,FW2 が許可するのは“研究開発 PC からファイル転送サーバへの必要な通信”だけで,他の全ての通信は禁止なので,ファイル転送サーバから研究開発 PC への通信は FW2 で禁止されている。ステートフルパケットインスペクション型は,許可した通信に対する応答を通すが,反対向きに始まる通信は通さない。
研究開発 LAN は,インターネットとも事務 LAN とも直接つながらず,FW2 の許可する通信だけで中間 LAN と結ばれる。感染の経路となる通信が FW2 で止まることが,可能性が低い理由である。
字数は 40 字以内で,解答例は 35 字。“FW2 で禁止されている”の主語(ファイル転送サーバから研究開発 PC への通信)と,止める機器(FW2)の両方を書く。“事務 PC から感染しない”のように,事務 PC を理由にしない。
ログイン後に表示されるダウンロード画面では,その利用者 ID でアップロードされたファイルの一覧が表示されるので,ファイルを一つ選択してダウンロードする。
図4 注記
事務 PC から研究開発 PC へのファイル転送時の操作手順は,図中の研究開発 PC を事務 PC に,事務 PC を研究開発 PC に,それぞれ置き換えて読むものとする。
表3 FW2
FW2/・研究開発 PC からファイル転送サーバへの必要な通信/・他の全ての通信。
不正なファイルは,ファイル転送サーバにアップロードされるだけでは,研究開発 PC には届かない。事務 PC から研究開発 PC への転送では,図4 を置き換えて読む,つまり研究開発 PC の Web ブラウザがファイル転送サーバのダウンロード画面にアクセスしてログインし,ファイルを選択してダウンロードする手順になる。FW2 は研究開発 PC からファイル転送サーバへの通信だけを許可しているので,サーバから研究開発 PC へファイルを送り込むことはできない。研究開発 PC からファイル転送サーバにアクセスして,ファイルをダウンロードする必要がある。
感染するのは,不正なファイルが研究開発 PC にダウンロードされ,実行されたときである。ダウンロードされなければ,不正なファイルは時間がたつと削除される(図4 の“アップロードしてから 4 時間たつとファイルは削除される”)。
図3 の(あ)は研究開発 LAN の L2SW,(い)は中間 LAN の L2SW への接続点である。(あ)に配信サーバを置くと,研究開発 PC と配信サーバは同じ LAN にあり,間に FW などの機器が無い。脆弱性 w を利用して感染を広げるマルウェア γ(ファイル共有プロトコルを悪用)は,LAN 内を通って感染できるので,感染する可能性は高い(h)。理由は,通信経路上に感染活動を遮断する機器が存在しないから(i)。
(い)に置くと,研究開発 PC から配信サーバへの通信は FW2 を通る。FW2 は必要最小限の通信だけを許可していて,更新ファイルの提供はファイル共有プロトコルではないので,ファイル共有プロトコルを悪用する感染活動は FW2 で遮断できる。したがって感染する可能性は低い(j)。理由は,FW2 によって感染活動を遮断できるから(k)。
字数は i と k が各 30 字以内で,解答例は 25 字と 19 字。h と j は“低い”又は“高い”で答える。講評は,i で“研究開発 PC はマルウェアに感染しないから”という解答が一部に見られたとし,分離されたネットワークでも感染は起き得ることを前提に対策を検討する必要がある,と述べている。